天下の小論

其の詩を頌し、其の書を読み、其の世を論ず 東洋古典の箚記集です

『韓非子』 「恩知らず」とは言うものの・・

マキアヴェッリだっただろうか・・・。

臣下が「あなたのためには命を捧げます」という時は、命の危険にさらされていない場合である、と書いたのは。

 

ビジネスの世界でも、

「あなたに付いていきます」という言い方がある。

僕も、何度か言われたことがある。

 

こういった局面で、僕が苦境にあるということは、まずない。

「この人についていけば何かいいことがありそうだ」という場合に、人は、こう言うのである。

 

利を求めて人に従う者が、利を求めて、その人を裏切るのは、理屈として通っている。

しかし、この理屈が分かっていない人、もしくは分かりたくない人は大勢いる。

 

あれだけ世話をしてやったのだからといって、昔の部下や取引先に頼み事を持ちかけ、断られたという経験を持つ人は、結構いるだろう。

 

「恩知らず!」といって怒るかもしれないが、自分自身も、自分の役に立つと思うから、世話をした筈である。

 

上司が部下を大切にするのは、部下を愛している訳ではなく、その方が良く働いてくれるからであろう。

 

と、まぁ、

ここまで書いてきたようなことを前提に、つまり、人という生き物は、簡単にいえば利害で動くのだという認識を元に、リーダーはどうあるべきかを考えたのが、韓非子である。

 

そして、人という生き物が本当にそれで良いのか、人はもっと高尚な存在ではないのか、もしくは高尚な存在にならなければいけないのではないか、という問題意識から考えていったのが、孔子孟子である。

 

例えば、『戦国策 魏巻第七』には、唐雎(とうしょ)の信陵君に対する進言として、

人の我に徳有る也、忘る可からざるなり、吾が人に徳有る也、忘れざる可からざる也、とある。

 

つまり、人から恩義を受けたことは忘れてはならないが、人に恩義を施したことは忘れなくてはならない、ということである。

 

韓非子は現実を述べ、孔孟は理想を語っていると言ってもいいかもしれない。

現実を忘れてしまえば生きていけないし、理想を失えば生きている意味がない。

 

難しい問題である。

 

 

 出典(明治書院)新釈漢文大系11『韓非子 上』竹内照夫著 327頁

説林第二十三

 

晉中行文子出亡、過於縣邑。從者曰、此嗇夫、公之故人、公奚不休舎且待後車。文子曰、吾嘗好音、此人遺我鳴琴、吾好珮、此人遺我玉環、是不振我過者也、以求容於我者、吾恐其以我求容於人也。乃去之。果収文子後車二乘、而獻之其君矣。

 

晉の中行文子(ちゅうかうぶんし、人名、荀寅、春秋時代の人)出亡(しゅつぼう)して、縣邑(けんいふ)に過(よ)ぎる。從者曰く、此の嗇夫(しょくふ、地方の役人)は公の故人(死んだ人ではなく親しい知り合い)なり、公奚(なん)ぞ休舎(きゅうしゃ)して且(しばら)く後車を待たざる、と。文子曰く、吾嘗て音を好む、此の人我に鳴琴(めいきん)を遺(おく)る、吾珮(はい)を好む、此の人我に玉環を遺る、是れ我が過(あやまち)を振(すく)はざる者にして、以て容れられむことを我に求むる者なり、吾、其の我を以て容れられむことを人に求むることを恐る、と。乃ち之を去る。果して文子の後車二乘を収めて、之を其の君に獻ぜり。

 

 


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