読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

天下の小論

其の詩を頌し、其の書を読み、其の世を論ず 東洋古典の箚記集です

『中庸』 相手の立場に立つとはどういうことか?

私たちは、親として自分の子供に対し、上司として部下に対し、年長者として後輩に対し、そして、一人の人間として友人たちに対して、様々な期待や望みをもつ。

 

しかし、立場を変えて考えたとき、例えば、自分が子供に「こうあって欲しいな」と思うように、自分の親に接しているだろうか?

 

部下に対して「こうあって欲しいな」と考えるように、自分自身が自分の上司に仕えているだろうか?

 

親の言うことは聞かずに、子供には従順さを求めてはいないだろうか?

上司を馬鹿にしておいて、部下からは尊敬を求めてはいないだろうか?

 

子供を持てば、より良い親になりたいと、誰しもが思うだろう。部下を持てば、より良き上司になりたいと、誰しもが思うだろう。

 

しかし、まず考えなければならないのは、自分自身がより良い子となることであり、より良い部下になることである。

 

これが、相手の立場に立って考えるということの真の意味ではないだろうか。

 

出典 (明治書院)新釈漢文大系2『大学中庸』赤塚忠著 228頁

中庸 第三段 第一小段 第二節君子之道四。

丘未能一焉。所求乎子以事父、未能也。所求乎臣以事君、未能也。所求乎弟以事兄、未能也。所求乎朋友先施之、未能也。 君子の道四。

丘(きう、孔子のこと)未だ一をも能くせず。子に求むる所以て(ところもって)父に事ふるは、未だ能くせざるなり。臣に求むる所以て君に事ふるは、未だ能くせざるなり。弟に求むる所以て兄に事ふるは、未だ能くせざるなり。朋友に求る所、先ず之を施すは、未だ能くせざるなり。

  

出典 『新約聖書』』(マタイ7-12、ルカ6-31)

何事でも、人から自分にしてもらいたいと望むことを、人にもしてあげなさい

 

にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
にほんブログ村