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天下の小論

其の詩を頌し、其の書を読み、其の世を論ず 東洋古典の箚記集です

『孟子』とても役に立つ研修でした!早速明日から実践しようと思います

孟子

研修の最後に、受講生達に挨拶をしてもらうと、この記事の題名になっているような言葉が聞かれることがある。

研修でなくても、

「良いと思います。今度からやってみます」
「すぐに全部はむりだから、少しづつやっていこう」
などという言葉は、よく使われている。僕も使ってきた。
逃げ口上で使う場合もあるが、本気の場合もある。

良いとおもっているなら、何故、すぐにやらないのだろうか。
何故、少しづつではなく、全部やらないのだろうか。
結局のところ、本当に良いとは思ってないのだろうか。
なんとなく面倒くさいからだろうか。

こういった人の弱さに対しての、孟子の言葉は痛烈である。
毎日、隣の家の鶏を盗んでいる奴がいる。
そいつに、それは正しい行いではないと注意したら、
「分かった。しかし、すぐには止めることは出来ないから、鶏を盗むのは毎月一羽に減らすことにする。そして、来年からは盗まないようにする」
と答えたという。
間違いをしていると分かったならば、すぐに間違いを止めるべきである。何故、来年まで待たないといけないのか、と。

 

確かに、良いと思いながらそれをすぐに実行しないのは、この泥棒と同じである。
反論の余地のない論理である。
しかし、それでも、なかなか善を行うことを急げない自分がいる。
しかし、また、これではいけないと思う自分がいる。
人生は、結局のところ、この二人の自分の闘いということか。


出典(明治書院)新釈漢文大系4『孟子』内野熊一郎著 222頁
滕文公章句下

孟子曰、今有人日攘其鄰之雞者、或告之曰、是非君子之道。曰、請損之、月攘一雞、以待來年、然後已。如知其非義、斯速已矣。何待來年。
孟子曰く、今、人、日々に其の鄰(となり)の雞(にはとり)を攘(ぬす)む者有らんに、或ひと之に告げて曰く、是れ君子の道に非らず、と。曰く、請ふ之を損して、月に一雞(いつけい)を攘(ぬす)み、以て來年を待ち、然(しか)る後に已(や)めん、と。如(も)し其の義に非ざるを知らば、斯(ここ)に速かに已(や)めんのみ。何ぞ來年を待たんや、と。

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