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天下の小論

其の詩を頌し、其の書を読み、其の世を論ず 東洋古典の箚記集です

『韓非子』 人って本当に説得できるんだろうか?

人を説得することは難しい。
2000年以上前の人でも、この難しさは同じである。
秦の始皇帝から、「この書を著した人に会えたなら死んでもいい」とまで称賛された韓非子も、大いに悩んでいたらしい。彼の嘆きを、整理してみた。
そのまま現代でも通用しそうである。

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出典 (明治書院)新釈漢文大系11『韓非子 上』竹内照夫著39頁
難言第三
臣非非難言也。所以難言者、言順比滑澤、洋洋纚纚然、則見以爲華而不實。敦祗恭厚、鯁固愼完、則見以爲拙而不倫。多言繁稱、連類比物、則見以爲虚而無用。揔微説約、徑省而不飾、則見以爲劌而不辯、徼意親近、探知人情、則見以爲譖而不讓。閎大廣博、妙遠不測、則見以爲夸而無用。家計小談、以具數言、則見以爲陋。言而近世、辭不悖逆、則見以爲貪生而諛上。言而遠俗、詭躁人聞、則見以爲誕。捷敏辯給、繁於文采、則見以爲史。殊釋文學以質信言、則見以爲鄙。時稱詩書、道法往古、則見以爲誦。此臣非之所以難言而重患也。

臣非、言ひ難きに非ざるなり。言ふに難む(なやむ)所以の者は、
言順比滑澤(じゅんぴかったく)にして、洋洋纚纚然(ようようさいさいぜん、ししぜん)たるときは、則ち見て以て華にして實ならずと爲さむ。
敦祗恭厚(とんしきょうこう)にして、鯁固愼完(こうこしんかん)ならば、則ち見て以て拙にして倫せずと爲さむ。
多言繁稱(たげんはんしょう)にして、類を連ね物を比(なら)ぶるときは、則ち見て以て虚にして用無しと爲さむ。
揔微説約(そうびせつやく)にして、徑省(けいせい)して飾らずば、則ち見て以て劌(けい)にして辯ならずと爲さむ。
意を徼(むか)へ親近にし、人情を探知するときは、則ち見て以て譖(しん)して讓らずと爲さむ。
閎大廣博(こうだいこうはく)にして、妙遠(みょうえん)不測ならば、則ち見て以て夸(こ)にして用無しと爲さむ。
家計小談にして、具數を以て言ふときは、則ち見て以て陋(ひく)しと爲さむ。
言うて世に近くし、辭(ことば)悖逆(はいぎゃく)せずば、則ち見て以て生を貪って上に諛(おも)ねるものと爲さむ。
言ひて俗に遠く、人聞に詭躁(きそう)せば、則ち見て以て誕と爲さむ。
捷敏辯給(しょうびんべんきゅう)にして、文采(ぶんさい)に繁くせば、則ち見て以て史と爲さむ。
殊らに文學を釋(と)き質信を以て言はば、則ち見て以て鄙しと爲さむ。
時に詩書を稱(しょう)して、往古に道法(どうほう)するときは、則ち見て以て誦と爲さむ。
此れ臣非の言うを難しとし而して重く患ふる所以なり。

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