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天下の小論

其の詩を頌し、其の書を読み、其の世を論ず 東洋古典の箚記集です

『史記』 古典というのは凄いもんだ

史記

有名な『史記』を書いた司馬遷は、紀元前2世紀の人である。
孟子は、紀元前4世紀の人である。

二人の間には、2百年の時間が流れている。

孟子』も『史記』も、僕たちにとっては同じように古典だが、司馬遷にとっても、『孟子』はすでに古典であった。

そして、司馬遷は、孟子が梁の惠王に最初に会った際、利を求める王に対して、利ではなく仁義を求めるべきだと説く場面を読むたびに、嘆かずにはいられなかった。
司馬遷の時代も、それから2000年以上たった現代と同じく、天子から庶民までが利を追求し、それが世の乱れの原因なっていたからである。

2200年前の人が、2400年前の人が述べたことに感動や憤りを覚える。
そして、現代の僕たちが、そのことを知ることが出来て、新たな、もしくは同じような感慨を抱く。
古典というものは、つくづく凄いものだな、と思う。

 

毎日、数え切れないほどの本が出版されているが、その中に2000年後まで残っている本は、果たしてどれだけあるのだろう。僕の書いた本なんか、どれもが一年くらいで姿を消してしまった。

100年残る本、10年残る本でさえ、ほとんど無いんだろうな。


出典 (明治書院)新釈漢文大系9『史記 列伝二』水沢利忠著 1頁
孟子荀卿列傳第十四
太史公曰、余讀孟子書、至梁惠王問何以利吾國、未嘗不廢書而歎。曰、嗟乎、利誠亂之始也。夫子罕言利、常防其原。故曰、放於利而行多怨。自天子至於庶人、好利之弊、何以異哉。
太史公(たいしこう、司馬遷のこと)曰く、余(われ)孟子の書を讀み、梁の惠王の何を以て吾が國を利せんとすると問ふに至りて、未だ嘗て書を廢して歎ぜずんばあらず。
曰く、嗟乎(ああ)、利は誠に亂の始めなり。
夫子(ふうし、孔子のこと)罕(まれ)に利を言う、常に其の原(もと)を防ぐなり。
故に曰く、利に放(よ)りて行へば、怨み多し、と。
天子より庶人(しょじん)に至るまで、利を好むの弊(へい)、何を以てか異ならんや。

 


出典 (明治書院)新釈漢文大系4『孟子』 内野熊一郎著 7頁
孟子梁惠王章句上
孟子見梁惠王。王曰、叟、不遠千里而來。亦將有以利吾國乎。孟子對曰、王何必曰利、亦有仁義而已矣。
孟子、梁の惠王に見(まみ)ゆ。
王曰く、叟(そう)、千里を遠しとせずして來たる。亦(また)將(まさ)に以て吾が國を利する有らんとするか、と。
孟子對へて曰く、王、何ぞ必ずしも利と曰ん、亦(また)仁義、有るのみ。

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