天下の小論

其の詩を頌し、其の書を読み、其の世を論ず 東洋古典の箚記集です

『孟子』 安倍首相が尊敬する吉田松陰という人

司馬遼太郎の『世に棲む日日』によると、

『吉田松蔭は友人のために死のうとした日本人最初の人物であり、誠実ということにおいて人間ばなれした人物である』とのことである。

ペリーの艦隊で渡米を企てるが失敗した松陰は、野山の獄という監獄に幽閉された。その獄中で、他の囚人達は、松陰と交わることによって、彼の人格に感銘を受け、当時まだ二十四歳の吉田を尊師と呼んだという。
この囚人達を相手に、どういう時でも勉強することは大事だというので、松陰は、自分の心を焦がすほどの気持ちを持っているという『孟子』を講義した。
その講義録が『講孟箚記』である。

松陰はこの後、有名な松下村塾を主催したが、安政の大獄によって処刑され、29年という短い生涯を終えた。

ところで、先ほどの『世に棲む日日』によると、松下村塾は不思議な塾であったという。
その建学の主旨は、
「一世の奇士を得て、これと交わりをむすび、吾の頑鈍を磨かんとするなり」というもので、松蔭が先生として教えるというよりも、自分の愚かさを直したいというものだったという。
月謝は無料であった。さらに松陰という人は本当に優しい人柄であり、その人柄を慕い多くの子供たちが塾に集まったという。
そして、その中から高杉晋作久坂玄瑞伊藤博文などが巣立って行ったのである。

松陰が囚人たちに講義した孟子の文章は格調高い名文が多い。
そして、その中でも、これは有名である。

居天下之廣居、立天下之正位、行天下之大道。
得志與民由之、不得志獨行其道。
富貴不能淫、貧賤不能移、威武不能屈。
此之謂大丈夫。
天下の広居におり、天下の正位に立ち、天下の大道をゆく。
志を得れば民と之により、志を得ざれば独りその道を行く。
富貴も淫するあたわず、貧賤も移すあたわず、威武も屈するあたわず。
此れをこれ大丈夫という。

仁義と礼節をモットーとして生きていく。
自分のビジョンが受け入れられれば、仲間とそれを実践し、受け入れられない場合は独りその実現に邁進する。
欲望に惑わされることなく、貧しいからといって信念を曲げることもなく、世間の圧力にも屈することがない。
こういう人こそが、真の大人物なのである、という意味である。

戦前の日本で、ある程度の教育を受けた人であれば、この文章を知らない人はいなかったであろう。
しかし、この通りに生きることが出来た人は、まずいないと言っていい。
唯一、出来たのは、松陰くらいであろう。


出典 新釈漢文大系 孟子 202頁
滕文公章句下


参考図書

講孟箚記(上) (講談社学術文庫)

 講孟箚記 (下) (講談社学術文庫 )

 

 

 


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